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帝国繊維とリネンの関係は、
日本の製麻事業の歴史そのものです。
明治のはじめに殖産振興の一環として
政府の熱心な働きかけにより
三社の製麻会社が設立されました。
その一社が安田善次郎翁を創業者とする
当社の前身です。 |
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| 創業者 安田善次郎 |
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当時、国内にはなかったリネンの種を、ヨーロッパより北海道の大地へ移殖し、栽培がスタートします。
最盛期には十勝地方を中心に北海道全域で約40,000haもの広さでリネンを栽培していました。
この広さはゴルフ場の約600ヶ所分に相当します。 |
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| リネンの抜き取り |
馬車による地ならし |
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天然繊維のなかで最も強靭であるリネンは
硬貨袋や野営のテント、蚊帳など、産業用、家庭用として様々な商品に幅広く用いられていました。 |
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| 飛行機翼布 |
蚊帳をつるす女性 |
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| 当時のファッションで、夏の紳士のシンボルはパナマ帽と白麻のスーツ姿でした。 |
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| 当時の夏のトレンドはリネン |
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その後、日清戦争勃発以降の好不況繰り返しの中で
この事業の持つ国策的重要性を痛感した安田善次郎翁は、
大倉喜八郎氏らとの合併を提唱し
明治36年、「日本製麻株式会社」を設立するになりました。
更に明治40年7月、当社の前身である
新会社「帝国製麻株式会社」が設立され、
わが国に初めて産業としての麻繊維事業が確立します。
当時の陣容は、相談役に安田善次郎、
渋沢栄一を迎え、社長安田善三郎、取締役に大倉喜八郎らを揃えた日本を代表する財界人の錚錚たる顔ぶれでした。 |
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| 当時の帝国繊維麻本社(東京 日本橋) |
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その後の「帝国繊麻」は、明治・大正・昭和の国運隆盛期を通じて
唯一国産の産業資材の自給を果たすなど、一貫して広く国家的貢献を果たし、 最盛期には、現在の全欧を凌駕する
生産量を誇るまでになりました。 |
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こちらのキッチンクロスは
現在でも当社のベストセラー商品です |
刺繍を愉しむ女性 |
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戦後の昭和25年には「過度経済力集中排除法」の適用を受け
繊維業界で唯一 財閥企業解体の対象となり、三社に分割されました。
そして繊維業界の素材転換(天然繊維から化学繊維へ)
産業資材としての麻素材への需要激減などにより、苦難の歴史を歩みながらも 社会的使命をきちんと果たしうる事業基盤を築き、今年創立100周年を迎えます。 |
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現在の帝国繊維のリネン事業は、
当社オリジナルのリネン製品の製造・販売、海外のリネン商品の輸入、販売の他に、アパレルメーカーへの生地販売、
ホテルリネンの納入など多岐に渡り
リネンのリーディングカンパニーとして発展し続けております。 |
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